
今月も福島県在住のfukunomo愛好家である林 智裕さんが、fukunomoを体験しての感想&紹介をレポートしてくださいました!
【連載第92回目】
松尾芭蕉「奥の細道」の入口にして、芭蕉と曽良が「白河の関にかかりて旅心定まりぬ」「卯の花をかざしに関の晴れ着かな」と詠み踏み出した白河の関。その地を擁する白河市に、有賀醸造はある。
創業は安永三年(1774年)。銘柄「陣屋」は、蔵のすぐ裏手にかつて構えられた越後高田藩の陣屋建物に由来し、大名から酒造りを命じられたことが起源と伝わる。土地の記憶が、そのまま酒の名に刻まれた蔵だ。
今の蔵を率いる杜氏・有賀裕二郎氏は、東北大学大学院で免疫学を研究していた理系の俊才。2011年の東日本大震災を機に帰郷し、酒造りへ転じた。データ分析の手法を醸造に持ち込み、米の吸水率から麹室の温度曲線まで緻密に設計する。「一生の粋な酔いを」──その信念が、白河の水と米と菌の交わりから、唯一無二の酒質を生んでいる。
最初に来るのは、ほんのわずかなガス感が舌先を弾く、綺羅やかな口当たりだ。高音の弦を一本だけ爪弾いたような、ぴんと張りのある輝きがある。そのまますっと消える。キレがいい、という言葉があるが、この酒のそれはただ淡泊なのではない。余分を削ぎ落としたからこそ残る、研ぎ澄まされた余白の美しさ。引き算の潔さとでも呼ぶべき、俳句のような美学を感じさせる。
ところが、その透明な余白の奥からやがて、もう一つの声部が静かに立ち上がってくる。とろみを帯びた、深いコク。加水されていない原酒ゆえの、凝縮された旨味だ。驚くのはその強さではなく、その品格である。重くのしかかるのではなく、しっかりした輪郭を保ちながらなめらかに伸びていく。キレの鮮やかさとコクの豊かさ──本来なら引っ張り合うはずのふたつの声が、この酒の中では対位法を成している。
その均衡を支えるのは、氷温貯蔵という技法だけではあるまい。科学者の目と蔵人の直感、ふたつを手放さない有賀氏の仕事ぶりが、この一本の構造そのものに刻まれている。強い肴にも淡麗な素材にも等しく寄り添う懐の広さ。確固たる輪郭を持ちながらも、決して押しつけがましくない。
この酒には、そうした二面性の魅力がある。閃光のような透明な明晰さはそのままに、沈黙の積み重ねが与えた深みが同居している。各声部の輪郭はくっきりと際立ち、躍動的でありながら一切の無駄がない。相反するはずのものが、完璧な均衡を保つ。
ふと、カナダの偉大なピアニストであり作曲家でもあるグレン・グールドの演奏が脳裏に浮かんだ。彼はバッハの「ゴルトベルク変奏曲」の名手として知られるが、若き日の1955年にアメリカ・ワシントンで披露した初演奏は、類を見ない鮮烈かつ躍動感ある美しさで周囲を圧倒し、魅了した。一方で、長年求道を続けた天才が晩年に辿り着いた1981年盤は、まるで静謐の中に滴る雨音や風の気配、息遣いの調和、悟りの境地のような美しさと凄味を感じさせる、全く別の音楽のような境地をも表現した。
今年の春を届けるこの一本も、そうした動と静、鮮烈と調和が重なり合う銘酒である。白河の地で求道する天才が生んだ作品を、今宵はどんな肴と楽しんでいただけるだろうか。
■今月の美酒
・有賀醸造 陣屋 特別純米氷温貯蔵原酒<福島県白河市/有賀醸造合資会社>

■勝手にペアリングを考えてみた
ガス感がある綺羅やかな口当たりとキレ。そこに続く、とろみあるコク感の強さは原酒ならではの魅力の一つと言える。洗練された躍動感と輪郭。これは、肴は強めの味わいから淡麗な味わいまで様々な可能性を感じさせてくれるはず。
しかし、ここは他の酒との違いを楽しめる、陣屋ならではのペアリングとして、敢えて非常にシンプルな塩味との相性を楽しんでみたい。たとえば焼鳥の塩つくね、軟骨に青じそ風味が入ったもの。塩の旨味と素材感を堪能できるような肴など。
実は、強い味の肴はさまざまな酒とのペアリングが容易であるものの、陣屋のもつフレッシュさととろみのコク感の両立という点においては、ごまかしが効かない素材そのものでのペアリングでこそ面白さを感じられる。
たとえば伊達鶏、あるいは川俣シャモのつくねを炙り、海水を平窯で煮詰めた塩を振ってみるというのはどうか。食感が強く旨味が強い素材に、素朴なミネラルの風味も加わる。シンプルな味わいを壊さず、コクの深みをしみじみ堪能する。この酒なら他の酒では少し難しい、そういう楽しみ方もできるはず。
また、青じそが合う=ハーブ類の香味が合うということでもある。シソ、バジル、あるいはセロリやセリ、パクチーなどの香味野菜との相性も良い。黒胡椒とも合わせて美味しい。シソを合わせる意味では、いわき市の長久保のしそ巻き、あるいは棚倉町のバジル豆腐に先ほどの塩を振りかけて食べるのも良い。また、黒胡椒に着目して「川俣シャモ やわらかつまチキ ブラックペッパー味」なども美味しいはず。
もしくは、洋風にいく場合はコンソメやブイヨンとも相性が良い。ただし酒の飲み口はキレと爽やかさ、香りが身上なので、それを壊さないように。温よりは冷で。
季節的には少し早いかもしれないが冷製スープの類も良いと思う。ヴィシソワーズ的なもの。その点では、季節感も合わせると「会津アスパラガスのスープ」などは非常に良いかもしれない。
また、この酒には葛尾の「かつらおプチ煎」を合わせても、軽い口当たりと米の風味が酒の「歩幅」とも合いやすい。えごま塩、えごま黒胡椒、きなこ、3種類の味があるが、いずれでも良い。
それでは「勝手にペアリング」はここまでに、今月もfukunomoペアリングに行ってみよう。
■今月のマリアージュ/ペアリングセット

・ウインナー レモン&パセリ《福島県田村市/株式会社ハム工房都路》
・白河高原ナポリ舎 ジェノベーゼピザ《福島県白河市/株式会社ステラフーズ》
・カナガシラアヒージョ《福島県いわき市/福島県漁業協同組合連合会》
・花小町 海老《福島県いわき市/株式会社夕月》
・叶や豆冨の 油揚げ《福島県東白川郡棚倉町/ 有限会社大椙食品》
・白河高原ナポリ舎 ジェノベーゼピザ《福島県白河市/株式会社ステラフーズ》

白河市のステラフーズが手がけるジェノベーゼピザ。バジルとチーズが香り立つ味わいは、まさに「勝手にペアリング」で思い描いた方向性に合致する。
そのひと口を食んだ直後に、陣屋を口へ含む。するとどうだろう。酒の持つフレッシュな香気がバジルの青さ、香味と共鳴し、単独では決して至れない別の風味が広がる感覚が生まれる。まさに「ペアリングの妙」だ。これは是非、ワイングラスで楽しんで頂きたい。白ワインにも似た、しかし日本酒だからこそのコクとペアリングの力強さとを楽しませてくれる、絶妙の旨味。そこにチーズの乳脂肪のコクが原酒のとろみと絡み合い、互いを底上げして膨らんでいく。気づけば、飲む口もピザを摘む箸も、どちらも止まらなくなってくる。
いわば、福島の風土で生まれた酒とピザが重なって、突然地中海への扉を開ける。目を閉じれば、そこにあるのはイタリア、ジェノバの風景に違いない。(ただし、私は行ったことは無い)
・カナガシラアヒージョ《福島県いわき市/福島県漁業協同組合連合会》

いわきの海から揚がる「常磐もの」カナガシラ。淡泊で繊細な白身をたっぷりのオリーブオイルとにんにくで仕立てたアヒージョは、皿が手元に届いた瞬間から香りが高く立つ。熱した油が小さく泡立ち、ニンニクの芳香が鼻をくすぐる。
そのひと口を口に運んだ後、陣屋をひと口。ここで起きる反応は期待を超えていた。オリーブオイルの油脂感が酒の重厚なとろみと静かに溶け合い、にんにくの刺激は不思議なほど角を落としてまろやかに、さらに溶け込む。そしてカナガシラの繊細な旨味にじゅるり…と纏わりついて、口の中で跳ねる。カナガシラが、口の中で新鮮に甦った!?
とにかく、オイルと魚、ニンニクと絡む酒のとろみと鮮烈な香味とのグラデーションがたまらない。
しかも、この芳醇さの爆発も氷温貯蔵で凝縮された酸と旨味が一口ごとに適度に拭いつつ、旨味の余韻だけを残して次の1杯が益々進ませてくれる。気付けば、盃も皿も次々と空になっていた。このペアリングは先ほどのピザとの連携で、一層の地中海リゾート感も一層増すというもの。今だけ、この「カナガシラ」を水揚げしたいわき市は「東北のハワイ」(スパリゾートハワイアンズが有名)から、さしずめ「東北のアンダルシア」ということにしておこう。
・ウインナー レモン&パセリ《福島県田村市/株式会社ハム工房都路》

田村市のハム工房都路が手がけるレモン&パセリウインナーは、一口噛んだ瞬間に、ぱちっと皮が弾けて肉汁が溢れ出す。そこへレモンのさわやかな酸味とパセリのハーブ感が続き、鼻腔を抜けていく。これは、陣屋のフレッシュな口当たりと見事なまでに呼応し、酒のガス感とウインナーの弾けるような食感が、テンポを合わせるかのように重なり合う。
さらに外皮にわずかな焦げ目がつき、香ばしさが加わることで、酒の旨味がいちだんと膨らみを帯びる。炙った皮の風味と肉汁、レモンの酸、パセリの香り、そして陣屋のキレとふくよかなまろみ。これらが口の中で一度に弾ける感覚は、至上の多幸感を楽しませてくれる──今度はイタリア北部、「東北のトスカーナ」とでも言ったところか。
・叶や豆冨の 油揚げ《福島県東白川郡棚倉町/ 有限会社大椙食品》

ここで、舞台を日本に戻そう。次に楽しむ棚倉町の大椙食品の油揚げは、厚みと弾力、素材感があって食べ応えも十分。これを熱したフライパンで表面を軽く炙ると、きつね色に変わりながらぷくっと膨らみ、香ばしい大豆の香りがキッチンに広がる。
ここに醤油と柚子胡椒をほんの少し垂らして、外はかりっと、中はじゅわりと熱いうちに箸で切る。その一切れを口に運び、陣屋とともに。大根おろしなどを合わせてもいい。
すると大豆の豊かな旨味が酒のコクと静かに混ざり合い、柚子胡椒のかすかな刺激がガス感のある口当たりをきりっと引き立てる。シンプルなのに、実に奥行きがある。「日本酒に油揚げ」という古来より続く王道の組み合わせが、これほどまでに滋味深く感じられるのは、この酒の持つ素材との対話力のなせるわざではないか。大げさなものは何もいらない。ただこれだけで、今夜は十分だ——そういう満足感がある。縁側で誰かとこの盃を酌み交わしたくなる、そんな気持ちにさせてくれる一皿だ。
・花小町 海老《福島県いわき市/株式会社夕月》

最後を飾ったのは、いわき市の夕月による蒲鉾、「花小町 海老」。上品に整えられた海老の旨味が、薄衣の口どけとともにふわりと広がる逸品だ。淡白な口当たりの中に広がるえびの甘みと特有の旨味。このひと口の後に陣屋をすっと含むと、それらが酒の上に静かに乗り、互いの輪郭を際立たせながら溶け合っていく。むやみに主張し合うのでもなく、どちらかが消えるのでもなく、ふたつの旨味が同じ舞台でそれぞれの役を全うする──そういう感覚だ。爽やかなキレが最後にやってきて、口の中をすっきりと整える。盃を置いた後も、余韻の中にえびの香りがほのかに残っている。贅沢な静けさ、とでも言うべき余韻は、今回の〆にもピッタリと言える。
今月も、ご馳走様でした。
というわけで、今月も美味しく頂いてしまったfukunomo。地元以外では中々手に入れることが出来ない地酒中の地酒や、隠れた銘品が毎月お手元に届くという贅沢は、他ではなかなか味わえない。これも、福島のさまざまな人やモノとの繋がりが深いfukunomoならでは。
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