
十代目当主 太田 七右衛門さん
1960年生まれ。東京大学法学部を卒業後、国税庁醸造試験所での研修を経て、大七酒造に入社。1997年より現職。早くから海外輸出を始め、各国へ日本酒を広めてきた。また、技術開発に力を入れ、10年かけて蔵を改装。2025年、先代の逝去に伴い「七右衛門」を襲名した。
「生酛造り」―一七〇〇年頃に完成した、日本酒の伝統的な製法です。
時間をかけて優良な酵母を育て上げることによって、独特の旨味が生まれます。
ただし、現代の製法に比べると三倍もの手間がかかるといわれており、
いっときは「時代遅れ」などと言われることもありました。
それでも大七酒造は、「これが我々の追求すべき味だ」と生酛にこだわり続けてきました。
現社長・太田七右衛門さんは、大七酒造の十代目にあたります。
令和七年七月七日、「七右衛門」を襲名しました。
長い歴史とそこに根付く哲学、
そして二本松というふるさとへの強い想いをもって、
酒造りの未来を見据えています。
■生酛造りにかけた想い
いまや「生酛といえば大七」と呼ばれるまでになった伝統製法へのこだわりは、現当主・七右衛門さんの祖父が築いたものです。当時は効率や合理性が叫ばれており、「速醸酛」の波が押し寄せていました。いち早く速醸酛を試しながらも、「これは自分が理想とする酒ではない」と、原点である生酛に立ち返ったのだそうです。
そんな祖父の背中を見て育った七右衛門さんが蔵に入った頃は、吟醸酒ブームの真っ只中。「金賞を取りたければ、吟醸を造れ」という風潮でした。
「伝統製法を守るべきか、まずは吟醸酒で金賞という結果を出すべきか――」
若き七右衛門さんは迷いました。それでも、最終的には「大七にしかできないことをやろう」と決意。生酛造りで品評会に挑むことにしたのです。生酛造りの酒には、独特の風味があります。時に「異臭」「雑味」と批判されながらも、全国新酒鑑評会で金賞を獲得。生酛造りでの金賞受賞は史上初の快挙でした。
金賞を二度受賞したところで、「勝手ながら、”卒業”させてもらいました」と以降は出品していません。賞を狙うのではなく、大七らしい酒質の高みを追求し続けているのです。

■世界へ誇れるふるさと・二本松を
「世界に誇れる酒を造りたい―」七右衛門さんが輸出に乗り出したのはおよそ30年前のこと。当時、海外では「日本人って魚を生で食べるの?」と驚かれていた時代でした。それが今では、星付きレストランに日本酒が並ぶまでに。
「入門編としては、フルーティな日本酒が好まれることが多いです。ただ、コアなファンになってくると、フルボディの赤のような、深みのある味わいを求めるようになります。それは、我々の生酛造りが得意なところ。世界のどんな料理にも負けない、飲み飽きのしない酒を造っていきたいですね」
もてなしや哲学で”ファン”をつくるフランスのワイナリーに感銘を受け、10年をかけて蔵を改装してきた七右衛門さん。大七の世界観を味わえるよう、テイスティングルームや見学施設を整備。インバウンド観光客からの評価も高く、蔵は今、二本松の観光拠点にもなっています。
ふるさとの里山保全にも力を注ぎ、かつて放棄されていた棚田を復活。地元の人々とともに米づくりを再生し、純米酒『西谷棚田』も完成しました。海外の人に、「ぜひ来てください」と胸を張れる二本松を―。きっと、美しい二本松の風景と共に、大七の酒も未来へと受け継がれていくでしょう。
