造って、語って、ときどき踊る 渡辺酒造本店《福島県郡山市》 - fukunomo(フクノモ) ~福島からあなたへ 美酒と美肴のマリアージュ~

造って、語って、ときどき踊る 渡辺酒造本店《福島県郡山市》

代表取締役社長 渡辺 康弘さん
1965年生まれ。化学や生物が大好きで、大学では農学部で土壌学を専攻。美術・書道にも造詣が深く、自ら書いた文字をラベルとして使用している商品が多い。

“福島の酒の救世主”ー福島県の酒蔵パンフレットに
こんな言葉で紹介されているのが、渡辺酒造本店の渡辺社長です。

2011年の東日本大震災とそれに伴う原発事故は、福島の酒蔵に大きな影を落としました。
大学で土壌学を専攻し、放射性化学も学んでいた渡辺社長は、
「この状況に対応できるのは自分しかいない」と立ち上がります。
作物に含まれる放射能に関する
「10ベクレル以下は不検出」という提言は、のちにそのまま国に採用されました。
数字という根拠をもって、福島の酒を守ったのです。

そんな渡辺社長、コロナ禍を機に、今度は”ひょっとこ社長”と呼ばれるようになったとか……。
いきさつを伺ってみましょう。

■朗らかな人柄が賑わいをつくる

 渡辺酒造本店のある郡山市西田町は張り子細工が盛んで、地域の文化のひとつに「ひょっとこ踊り」があります。
 目にすれば誰もがついつい笑顔になってしまう張り子のひょっとこ面は、鼻までが隠れて口が見えるユニークな形。渡辺社長は、このお面をかぶり、蔵の赤い法被を着て、イベント会場などで踊りを披露しているのです。
「西田町には張り子細工の名所・高柴デコ屋敷という場所があるのですが、コロナ禍で観光客がぱたっといなくなってしまいました。また賑わいを取り戻したいと考えていた時に始めたのが”ひょっとこ社長”です」
 もともと賑やかな場が大好きだった渡辺社長に、周りが「やってみなよ」と勧めたのだとか。”ひょっとこ社長”として宴会場などで踊り始めると、少しずつ人気が出て、先日はなんと芸人さんとステージに上がったそうです。
 震災後、数字をもって不安を払拭してきた渡辺社長。一方で、「数字だけでは人の心は動かない」とも話します。しっかりとした根拠と、温かなお人柄があったからこそ、”福島の酒の救世主”は生まれたのでしょう。

■”酔わせない酒”を追求して
 渡辺社長が長くモットーとしているのが、「酔わせない酒造り」。肝臓に負担をかけず、なるべく早くアルコールが分解されるお酒を追求しています。硬水と軟水を組み合わせた仕込みや、黄金比(1:1.618)のバランスを生かすなど独自の工夫を重ね、かなり理想に近づいてきているそう。日本酒をあまり飲まないという方や、年齢と共に飲めなくなってきた方からも、「日本酒のイメージが変わりました」「本当に飲みやすい」という声が寄せられています。
 今、注力しているのは、「米を磨かないお酒」。米不足の今だからこそ、精米を最小限にして、美味しい酒を―。実は20年前にも挑戦したテーマですが、当時は技術が追いつかず、不完全燃焼だったといいます。「当時の悔しさがまだ残っているんです。今回は納得いくまでやってみたいですね」
 お話を伺う間にも、取材メンバーを散々笑わせてくださった渡辺社長。講演では数字を駆使して安全性を理路整然と説明し、イベントでは軽快なひょっとこ踊りで観客を沸かせる……。そのどちらにも、酒と地元への深い愛情が込められています。造って、語って、ときどき踊る。これからも、”ひょっとこ社長”の挑戦は続いていきます。