可能性を秘めたまっさらな蔵は100年、200年と続いてゆく 矢澤酒造店《福島県東白川郡矢祭町》 - fukunomo(フクノモ) ~福島からあなたへ 美酒と美肴のマリアージュ~

可能性を秘めたまっさらな蔵は100年、200年と続いてゆく 矢澤酒造店《福島県東白川郡矢祭町》

・九代目 矢澤 真裕(やざわ まさひろ)さん

公務員として10年働いた後、日本酒好きが高じ
て醸造機器メーカーへ。2016年、『南郷』の味
に衝撃を受け、縁あって8代目と出会う。酒蔵を
継承することを決め、飲み手から造り手へ。

 

福島県と茨城県との県境に位置する矢澤酒造店。
200年近く続くこの蔵は、2016年に大きな転機を迎えました。
『南郷』という酒に惚れ込んだ一人の日本酒ファンが、蔵を継ぐことを決意したのです。
かつてこの蔵は、先代の名が付いた藤井酒造店という名で親しまれていました。
縁あって出会ったその先代との出会いから、わずか8ヶ月。
矢澤さんは、何かに導かれるようにして酒蔵の継承を決断します。
そして、蔵は矢澤酒造店へと生まれ変わりました。
南郷の魅力、継承を決めた理由、そして新たに建てた酒蔵への想い。
9代目となった矢澤さんに、お話を伺いました。

 

わずか8ヶ月での決意

「これだけ『南郷』を愛してくれるなら、日本酒を造った方がいい」―
そう言われたのは、酒造りをするなど夢にも思っていなかった会社員時代のことでした。
20歳から日本酒を飲み始めた矢澤さん。ある日、新宿の小料理店で出会ったのが『南郷』でした。
「それまでに飲んだどの日本酒とも違いましたね。食事を引き立たせる、そして食事によって酒自体も引上げられる。究極の食中酒だと思いました」
足繁く通っては『南郷』ばかり飲む矢澤さんに、「そんなに好きなら、蔵元に会ってみたら?」と女将さん。常連だった蔵元の義弟さんを紹介してくれ、ついに8代目・藤井健一郎さんと対面します。

朝10時に挨拶を交わし、話が止まらずお昼を食べに出かけ、そこで飲みながらまた語り合い……気づけば6時間。『南郷』の素晴らしさ、こんなふうに食事と楽しんでいるんです―と話す矢澤さんに、藤井さんがかけたのが、冒頭の「酒を造った方がいい」という言葉でした。その出会いから8ヶ月、矢澤さんは蔵を継ぐことを決意しました。

まるで花火のような酒

矢澤さんが「究極の食中酒」と絶賛する『南郷』は、パッと広がり、スッと消えていく花火をイメージして8代目が設計したものです。
「最初に旨味がふわっと広がり、最後にキレよく締まる。このバランスは奇跡ですよ」
現代の造りとはかなり異なる、手間のかかる手法を取っている『南郷』。それでも、「これが完成形」だからと、未来永劫造りと味を変えるつもりはないといいます。

ただし、蔵としての幅を広げるべく、少しずつラインナップを増やしてきました。今月お送りしたのは、『南郷 生詰熟成酒』。フレッシュさと熟成感の〝いいとこ取り〞の一本です。

 

地域に根付く、令和の蔵

 

江戸時代から、それぞれの時代に蔵をつくってきたのなら、令和の蔵を建てよう― と、2023年4 月に「可染蔵」が誕生しました。「可染」とは、白色の名前。ここから何色にでも染まることができる……そんな想いが込められています。

木の美しさが際立つ造りは、日本を代表する建築家・内藤廣さんの設計。「土地の風景の中に溶け込む建物を」という考えに共感し、自ら電話で依頼。一方の内藤さんも、矢澤さんの人柄に惹かれ、設計を引き受けました。

そして、これまでよりも小ぶりな蔵だからこそできる挑戦として、「ブレンデッド日本酒」をリリース。
複数の酒をブレンドすることで新たな味わいをつくるというのは、ウイスキーでは一般的ですが、日本酒ではまだまだ珍しい試みです。

さらに、日本酒と料理のペアリングを楽しむことができるカフェスペースも併設。「日本酒単体ではなく、食と合わせてこそ酒の魅力が引き立つ」という矢澤さんの食中酒へのこだわりが詰まっています。

100年、200年と続く蔵をつくりたかった―。伝統と革新のバランスを取りながら、矢澤さ
んは次はどんな試みをするのでしょうか。期待せずにはいられません。