
・代表取締役 櫻井 慶(さくらい けい)さん
千葉県出身。千葉で建設会社を立ち上げた後、1998年に仙台へ移り住み、環境関連会社で役員を務める。2012年に千駒酒造の立て直しを任され、代表に就任。
現在は千駒酒造を含め3社の代表を務めている。
今回fukunomoで初めてご紹介する千駒酒造とは、一年ほど前からご縁が始まりました。
同じ白河市にある酒蔵・大谷忠吉本店が酒造りを一度休むと決断した際に、「休止中はうちが代わりに造りましょう」と、いち早く委託醸造の提案をしてくれたのが千駒酒造だと伺っていたのです。
この度、代表の櫻井さんにようやくゆっくりお話を伺うことができました。
酒蔵は家業として続いていくことが多いですが、櫻井さんはそうではありません。
酒造りにはまったく縁がなかったところから、経営者として千駒酒造と関わることになりました。
日本酒の売れ行きは下がる一方、原価割れの商品もある……というところから、何年もかけて蔵の立て直しに取り組んできました。
一進・一新・一心という思いを込めてーー。
酒造りを知らないからこそ
仙台にある環境開発の会社で働いていた櫻井さん。会社経営に関する経験とノウハウを買われ、千駒酒造の立て直しを任されることになりました。酒造りの知識などまったくありませんでしたが、ふたつ返事で引き受けたそうです。櫻井さんが目指したのは、「当たり前の企業」でした。
「私はいい酒を造るために来たわけではありません。ですから、あくまで経営面――原価管理や就業規則だけに目を向けていました。業界を知らなかったからこそ、遠慮なく改革ができたのではないかと思います」
とはいえ、いきなり外から来た人が会社を変えようとするのは簡単なことではありません。従業員の協力は不可欠。とにかく話す機会をつくることを意識していたそうです。
「お酒を飲むのは好きでしたから、従業員たちと毎晩のように飲み歩いていました。盛り上がってくると、言い合いのようになることもありましたよ。でもお酒が入っていると、翌日はけろっとしてまた顔を合わせることができるじゃないですか。焼肉をしたり、社員旅行をしたり、とにかく会話を重ねました」
会社としての数字と、従業員との関係性……。どちらも一朝一夕に結果が出るものではありません。6年ほどをかけて、千駒酒造は“当たり前”の会社へと変わっていきました。
魂の書

力強い文字が印象的な『千駒』のラベル。2020年、書家の金澤翔子さんに書いてもらったものです。
福島に所縁のある金澤さんの書に一目で魅了された櫻井さん。不思議なご縁がつながり、ご本人に会える機会に恵まれました。
櫻井さんのやってきたことが実を結んで会社の土台が整い、さあここからだ――という時のこと。「心機一転、新たな一歩を踏み出したい」という想いを無我夢中で伝えたそうです。すると後日、突然「千駒」の書が届きました。
「荒々しさ、大胆さ……本当に感動しました。苦しい時もありましたが、がんばっていれば必ずいいことに巡り会えるはずだと信じてやってきました。そのすべてが報われた。私たちは本当に生まれ変わったんだ、と胸を張ることができるラベルになりました」。
伝統と新しさの“ミックス”
千駒酒造の歴史はおよそ100年。「ここからさらに50年、100年……と歴史を刻んでいけるように」と櫻井さんは考えています。伝統的な、変えないことも大切にしながら、新しいことも取り入れ“続いていく蔵”を目指しています。
それを体現しているのが、ベテラン杜氏と若手社員のコンビによって変化した酒質。杜氏は蔵の酒を支え、守る責任を背負っています。経験があるからこそ冒険ができなくなることもあります。そこにまだ経験の浅い若手を組み合わせることで、伝統を大切にしながらも、現代的な酒に変化したというのです。
今月のお酒は『千駒 純米初しぼり』。冬に行われる酒造りの最初にしぼったものです。他のお酒よりも少し荒っぽさのある味わいは初しぼりならでは。新しい年への想いを新たにさせてくれそうな、力強い一本です。