広報
鈴木 理奈(すずき りな)さん
結婚を機に寿々乃井酒造店に入社。
広報としてイベントへの参加やSNSでの発信に力を入れる一方、蔵人として酒造りにも関わっている。
2024年、福島県清酒アカデミーを卒業し、酒造りの知識を深めた。
「28年住んでいても、ふとした時にこの蔵の佇まいに心を奪われることがあります」
――鈴木理奈さんにそんなふうに言わしめる寿々乃井酒造店の蔵は、山々と田んぼに囲まれています。
蔵があるのは、福島県の天栄村(てんえいむら)。
地元の水・米・人で醸し、地元の人に愛されてきたのが蔵の名前を冠した『寿々乃井』です。
甘口の味わいは銘柄誕生当初から変わっておらず、日本酒に辛口ブームが訪れた時には、「福島で一番甘い酒だ」と評されたことも。
それでも、地元の人たちが長い間愛飲している酒の味わいを変えることはありませんでした。
蔵を支える理奈さんに、お話を伺いましょう。
月のきらめきのような
蔵を代表する銘柄『寿月(じゅげつ)』は、25年ほどに生まれた銘柄です。
培ってきた酒造りの技術を注ぎ込み、蔵の看板商品にしようという思いから誕生しました。
印象的な名前は、理奈さんが付けたものです。
「太陽のような華やかさではなく、奥ゆかしくて控えめな月のような味わいだと思ったんです」
理奈さんによれば、「月のよう」という姿勢は、寿々乃井酒造店にも共通しているそう。
前へ前へ……というのではなく、どこまでも控えめ。
理奈さんが入社した当時は “鎖国状態”だったといいます。
しかし、いくら美味しいお酒を造っていても、お客様に見つけてもらえなくては意味がありません。
「とにかく広めなくては」という一心で、理奈さんはイベントへの参加やS N Sを使った情報発信などを通して、着実にファンを増やしてきました。
娘への想いを込めて
今月お送りした『寿月 彩(いろどり)』は、爽やかな青い瓶が印象的です。
7月生まれの娘さん・彩夏さんから一文字をもらい、夏らしいイメージで造ったそう。
実は、理奈さんが彩夏さんと“やり合った”ことからこのお酒が生まれました。
彩夏さんが大学を卒業する少し前、2人で将来のことを話す機会がありました。
理奈さんが「2年後くらいには戻ってくるんでしょう?」と軽い気持ちで聞くと、
「私には私の人生があるんだから!」と思いがけず強い言葉が返ってきたといいます。
「ああ、継ぎたくなかったんだ……という驚きが一番でした。
その一言で、『私が継がせたいものって一体なんだったんだろう?』と考えるようになりました。
蔵にいる私が輝いていなければ、娘が同じことをしたいわけがない。今の私はどうだろう、輝いているんだろうかーー?」
このやりとりを機に、蔵と、仕事との向き合い方が変わりました。
「それまでも真剣に仕事をしていたつもりでしたが、『私がやるしかない』と腹が決まったというのでしょうか。
蔵のことも酒のことも、もっと世に知ってほしい――と積極的に動くようになりました」
そうして生まれたのが、『寿月 彩』。
彩夏さんへのラブレターのつもりで造ったお酒です。
夜を長く楽しめるようにと、アルコール度数は低め。
夏の夜にぴったりです。
自分が飲みたい酒を造る
今後の目標として理奈さんが話してくださったのは、「自分が飲みたいお酒を造る」ということでした。
「娘と話したことでもう一つ思ったことなんです。
それまではあまり自分の個人的な意見は持たないようにしていました。
でも今は、自分が『人に飲ませたい』と心から思うお酒を造りたいと考えるようになりました。
自分が本当に好きなお酒を造って、それを好きな方が集まってーーという蔵でありたいんです」
もともと寿々乃井酒造店は、米農家らしく「(酒が)育ちやすいように育てる」という考えだったそうです。
これを「(自分が)欲しいものを育てる」というふうに変えていくとのこと。
「みんなから選ばれるお酒もいいですが、自分が本当に美味しいと思えるものを、自信を持ってお届けしたいんです」
社会人になった彩夏さんは、いずれ理奈さんと一緒に働くことを決めているそうです。
きっと、今の理奈さんが輝いているからでしょう。月のように。