しっかり酒造りをするだけ それが100年後につながる。有賀醸造《福島県白河市》 - fukunomo(フクノモ) ~福島からあなたへ 美酒と美肴のマリアージュ~

しっかり酒造りをするだけ それが100年後につながる。有賀醸造《福島県白河市》

常務 兼 杜氏 有賀 裕二郎(ありが ゆうじろう)さん
1984年、白河市生まれ。幼い頃から生き物が好きで、生命科学の研究者の道へ。
東日本大震災を機に大学院を退学し、2011年有賀醸造に入社。2012年より現職。                                

福島県白河市に蔵を構える有賀醸造。
4人兄弟の次男として生まれた有賀裕二郎さんは、
研究者から杜氏に転身しました。
一見するとまったく違う仕事のように思えますが、
意外と通じるものがあったと言います。
酒造りを知らない分、理論を学び、実験をくり返し、
勘や感覚ではなくデータに基づく酒造りを構築してきました。

以前の取材から2年余り。
コロナ禍に金賞獲得、良いこともそうでないことも
さまざま起こったこの間を振り返っていただきました。

10年越し、悲願の金賞

2022年、有賀醸造の『陣屋』が全国新酒鑑評会で金賞を受賞しました。初めての金賞という快挙に、お客様からは「まだ獲っていなかったの?」と驚かれたそうです。それほど安定した酒質を誇るからこそ、金賞の獲得は悲願でした。『陣屋』は、有賀さんが入社翌年に造り始めた銘柄です。蔵に入って10年余り、ようやく金賞を手にすることができました。

 受賞の理由について伺うと、「ようやく、酒質が安定してきました」とのこと。毎年少しずつ設備を入れ替え、もはや「ほぼ一新しています」という状態。設備を新しくするほど、酒質が向上していくのを肌で感じてきました。

「機械に任せられるものは機械に任せて、人は人にしかできないことに集中したいんです」と有賀さん。何かとAIが話題になる今、「人にしかできないこと」について伺ってみると、「感性」という言葉が返ってきました。

「もはや、AIにも酒造りができるのかもしれません。でも、最終的に飲むのは人じゃないですか。匂いや手ざわりといった、目には見えない醸造家の“感性”も、きっと味の一部になっていると思います。そういう感性を感じることのできる、人の手で酒造りをした方が絶対にいいと思っているんです」

“遊び”のある酒を

 今月お届けしたのは『陣屋 特別純米酒 氷温貯蔵原酒』。

酒を搾った後に生のまま1ヶ月貯蔵し、その後に火入れを行っています。火入れ後の日本酒を1ヶ月置いただけではまだ若い状態ですが、生の状態で置いておくことで柔らかさが出ます。軽やかな味わいで、有賀さんいわく、「新緑の時期のキャンプにおすすめです!」。

 キャンプが大好きだという有賀さん。好きが高じてキャンプで飲みたい味わいの微発泡酒『生粋左馬 駆 ウマウマ』を造ってしまったほど。将来はキャンプ場を併設した酒蔵に……などという夢も聞かせてくださいました。

「10年かけて、ようやく酒質が安定してきました。基礎が固まったので、ここからは遊びにも手を出せるのではないかと考えています。最近、唎酒師の資格を持つ弟の裕輝が蔵に入りました。任せられる人が増えてとても頼もしいですね」

100年後を見据えた酒造り

有賀醸造は、この10年余りで東日本大震災を含めて3度の大きな地震を経験してきました。せっかく整備した設備が幾度も壊れ、ここ数年のコロナ禍で売上は一気に落ち込みました。どんな気持ちで乗り越えてきたのでしょうか。

「もう、『そういうものだ』と受け入れるだけです。例えば前回の取材の時にあった煙突は壊れてしまいました。でも、物はいつか壊れます。それがたまたま今だっただけなので、古い設備を新調する良い機会になった、と捉えるようにしています。何があっても、私たちにできるのは酒造りだけです。しっかり酒と向き合うこと、どうしたら旨い酒になるのかを考え続けるしかありません」

 来年、有賀醸造は創業250周年、会社設立100周年を迎えます。節目を前に、有賀さんは「100年後を見据えたい」と未来への想いを語ってくださいました。

「100年前の人たちがどんな気持ちで酒を造っていたのかはわかりませんから、100年後の人たちに私の想いを伝えるのは難しいでしょう。常にベストを尽くした酒造りをして、それが次の世代へと受け継がれるようにと願っています。100年後の蔵人たちが、『有賀醸造があってよかった』と言われるように」

 この1年の積み重ねが、やがては100年になる―。遠い未来を見つめながらも、有賀さんは目の前の酒と向き合っています。10年かけてじっくりと土台を固めてきた有賀醸造は、今、次のステージに進もうとしています。