100年後の未来のために 自然と共に歩む蔵。仁井田本家《福島県郡山市》 - fukunomo(フクノモ) ~福島からあなたへ 美酒と美肴のマリアージュ~

100年後の未来のために 自然と共に歩む蔵。仁井田本家《福島県郡山市》

(左)18代目蔵元・杜氏 仁井田 穏彦(にいだ やすひこ)さん
1994年に蔵元に就任、2010年からは杜氏を兼務。自社田での米作りも行う。

(右)仁井田 真樹(にいだ まき)さん
製品開発、SNSでの発信、県外でのイベントなど、「女将」として幅広い仕事に携わる。                                      

ひらがなで商品名が書かれたラベルが、瓶の正面に一枚だけ。
仁井田本家の日本酒の多くは、とてもシンプルな見た目をしています。
それは、蔵の想いを体現したもの。

農薬・化学肥料を使わない自社田で米をつくり、
酒造りはもちろん、機器の洗浄にも天然水を使用し、酵母は蔵付きの天然菌。
人は余計なものを加えず、自然の力で出来上がるお酒を“育てる”のみ。
使うもの、行うことはシンプルですが、いざ実践するのは簡単ではありません。

目指すのは、自給自足の酒蔵、そして自給自足の町づくり。
仁井田本家が見つめているのは、100年後、200年後の未来でした。  

酒は造るものじゃない

「酒は“造る”ものじゃなく、“出来る”ものだと思うんです。米と水さえ素晴らしければ、きっとうまい酒になりますよ」

 そう語る穏彦さん。ただ、そう言い切れるようになったのはここ数年のこと。「菌をコントロールしない」と決めても、「ここで手を入れないと腐ってしまうのではないか……」と眠れない夜が数えきれないほどありました。その経験を経て、今の境地にたどり着いたのです。

 意外だったのは、「コントロールできない」という部分に共感してくれるファンがたくさんいたこと。「今年はどんな味になったの?」と楽しみにしている人が全国にたくさんいます。

「こんな造り方をしていると、いつかものすごいお酒ができるんじゃないかと思うんです。“たまたま”の酵母で、“たまたま”米が柔らかく蒸せて、“たまたま”温度管理がうまくいって……。だから、今ではコントロールできないことを楽しめるようになりました」

10年かけて、「磨かない」酒を

  今月お届けした『にいだしぜんしゅ しぼり 直汲み純米生』は、精米歩合85%。

精米歩合とは、米を削って残った部分の割合のことです。米の表面には雑味につながる成分があるので、そこを磨くと雑味が減って味が良くなるといわれています。大吟醸酒は50%以下と定義されており、最近では10%以下の日本酒も見られるようになりました。対してこの『しぼり』は85%。

去年は80%だったものを、さらに5%引き上げました。
「私たちは自然な酒造りを目指しています。契約農家さんにも、肥料も農薬も使わない米をつくっていただいています。いただいたお米はできる限り無駄なく使いたい。ですから、少しずつ精米歩合を上げてきました」

 当初は70%だったものを、10年かけてようやく85%まで。ゆくゆくは100%、つまり玄米そのものを使うことが目標だそうですが、それにはまた10年くらいかかりそう……と見込んでいます。
「素材がすべて天然由来で、余計なものが入っていません。飲んだ時に体が喜ぶ、そんなお酒になってほしいと思っています」
 自然の力を味わえるよう、焦らず丁寧に。去年とも来年とも違う今年だけの味わいを、じっくり味わってください。

次世代へ何を遺せるか

仁井田本家のウェブサイトには、「これまで300年 これから300年」という言葉が掲げられています。創業300年を超えた蔵元は、さらに300年続く蔵を目指しているのです。

 そのために行ったことの一つが、「木桶プロジェクト」。裏山ではかつて林業を行なっていましたが、山は適度に手を入れなければ健全性を保つことができません。びっしり育った木々に光を入れるために木を切り、まず製材・乾燥を。翌年、それを木桶に仕立て、酒を仕込み。そして今年、『ぐらんくりゅ』が出来上がりました。祖父が植えた木を使い、父に教わった酒造りを実践し、穏彦さんが育てた米を使い、子どもたちがラベルのデザインを。4世代を繋ぐプロジェクトです。

「『自分の代さえ良ければ』ではなく、次の世代の日本のためにできることを考えていきたいんです。私は蔵の18代目に当たりますが、今ここにいるのは、17人の蔵元がいたからこそ。授かったものをいかに磨いて19代目に渡すか―。それが一番大切だと思っています」

 今力を入れているのは、蔵の改装です。古い部分を残しつつ、これからの蔵をしっかり支えてくれる建物になるよう、5年がかりで改装・新築・増築を行っています。
「この町に仁井田本家があってよかった!」といわれる、地域に必要とされる蔵へ―。遠い未来を見つめ、着実に歩んでいます。