相手が強いほど 闘志が湧いてくる性分。渡辺酒造本店《福島県郡山市》 - fukunomo(フクノモ) ~福島からあなたへ 美酒と美肴のマリアージュ~

相手が強いほど 闘志が湧いてくる性分。渡辺酒造本店《福島県郡山市》

代表取締役社長 渡辺 康広 (わたなべ やすひろ) さん
1965年生まれ。化学や生物が大好きで、大学では土壌学を専攻。
美術・書道にも造詣が深く、『雪小町』のラベルデザインはほとんど自身で監修している。

“震災後の福島の酒の救世主”――福島県の酒蔵パンフレットには、こんな一文が載っています。
そう紹介されているのは、渡辺酒造本店の渡辺康広さん。
東日本大震災に伴う原発事故の際に尽力したことを評した言葉です。

大学時代、農学部で土壌学を専攻し、放射性化学についても学んでいた渡辺さん。
その時の知識が、震災後の福島にとって大きな助けとなったのです。
作物に含まれる放射能に関して「10ベクレル以下は不検出」という
渡辺さんの提言は、そのまま国に採用されました。
「数字を添えないと、風評被害の払拭はできない」
――その信念のもと、明確な数字やデータをもって、福島県の酒造りのために奔走しました。

知識があったとはいえ、誰も経験したことのなかった未曾有の事態です。
ためらいや、怖さはなかったのでしょうか。渡辺さんの力の源を伺ってみましょう。

知識とバレーが培った性分

基礎科学が大好きで、時間をかけてコツコツと学んできた下地があったからこそ、原発事故という未知の事態でも冷静に対応することができた渡辺さん。
「原発の構造から米の一粒まで語れる人は、日本に私しかいないと思いましたからね」
 ただ、渡辺さんを支えたのは知識だけではありませんでした。
「大学までみっちりやっていたバレーボールは大きかったですね。私、身長が175㎝で、バレー選手としては小柄なんです。190㎝を超える選手なんてゴロゴロいるんですよ。いちいち怖がっていては仕方がない。大きい人とばかり戦っていたから、なんだか……強いものを見ると戦いを挑みたくなる性分なんでしょうね。だからあの時も、怖さは全く感じませんでした」
 バレーボールから学んだことはそれだけではありません。バレーはチームプレイ。一人では勝つことはできません。「福島の酒蔵」というチームを勝ちへ導くための道を、渡辺さんが切り拓いたのです。

宇宙から還ってきた酵母

  今月お届けした『純米大吟醸 雪小町 F7-s Space-yeast』は、通称“宇宙酒”。

福島県酒造組合の取り組みで生まれたものです。県のオリジナル酵母「うつくしま夢酵母」を国際宇宙ステーションへ打ち上げ、1ヶ月を宇宙で過ごす。宇宙から帰還した酵母を使った酒を、各地の酒蔵が醸しています。

「発酵力が緩慢になるのでは……と想像していたんですが、逆に強くなっていたので驚きました。どうやら、強い酵母だけが生き残って帰って来たようです。その強さを生かして、酸味と切れ味が鋭い、爽快な辛口に仕上げました」
 『宇宙戦艦ヤマト』が大好きだという渡辺さん。宇宙に思いを馳せているうちに、お酒にまつわるストーリーが思い浮かび、ラベルデザインまで自ら手がけました。宇宙へ行ってきた酵母が生み出す味を、あなたはどんなふうに感じるでしょうか。味だけでなく、ラベルもぜひじっくりと楽しんでください。

酒にだって黄金比がある

渡辺酒造本店では、肝臓に負担をかけず、なるべく早くアルコールが分解される酒、「酔わせない酒造り」というテーマを掲げています。これには「黄金比」が関係していました。
「『モナ・リザ』は、顔の縦横比が1:1.618という黄金比になっています。TVにスマホに、私たちの周りにあるものにもこの黄金比が使われていて、人はこの比率を違和感なく美しいと感じるんです。それなら、お酒にも黄金比があるんじゃないかと研究してみたんですよ」
 結果、お酒のとある成分をこの黄金比に合わせると、代謝が速くなるのを発見。人気のある日本酒銘柄を調べてみると、その成分も黄金比に近いことがわかりました。
「黄金比は私たちの体中にもあるといわれています。だからスッと受け入れられて、すぐに分解することができるんじゃないでしょうか」
 渡辺さんはあっさりそう語りますが、ここまで研究するのは並大抵のことではありません。失敗もたくさん経験しています。何がそこまで渡辺さんを駆り立てるのでしょうか?
「もちろん、失敗すれば落ち込みます。でも、一晩寝ると、やっぱり戦いを挑みたくなっちゃうんです。性分でしょうね」
 今後は黄金比を活用して、「酔わせない酒」をバージョンアップさせていきたいといいます。研究熱心で、強いものにほど戦いを挑んでゆく渡辺さん。どんなお酒が出来上がるのか、楽しみでなりません。