和は良酒を醸し、良酒は和を醸す。 人情味あふれる五代目の心意気。磐梯酒造《福島県耶麻郡磐梯町》

コラム, 今月の酒蔵, 月刊fukunomo | | 2019年6月1日


福島県のシンボルでもある名峰磐梯山。
その麓に広がる磐梯町で、明治23年から地元に愛され続けてきた磐梯酒造。
五代目蔵元の桑原大さんは、明晰な理系脳を持ちながら、地元と落語を愛する人情肌の兄貴分。
「和醸良酒」をモットーとする桑原さんのお話は、和やかな雰囲気の中、始まりました。


5代目 桑原 大さん


磐梯山が見下ろす麓の磐梯町で、住宅や商店が立ち並ぶ地域の真ん中に磐梯酒造はあります。蔵の顔となる売店の入り口には、蔵のモットーである「和醸良酒」の文字が刻まれた看板が掲げられ、たくさんの瓶や酒器が来客を迎えます。

桑原 大さん「私は、昭和38年11月8日生まれで、磐梯酒造の五代目にあたります。初代は、酒造りの傍ら、地元の議員をしていて、二代目は磐梯山の植林事業をやっていたらしく、三代目となる祖父は、磐梯町の町長を5期20年も勤めていました。昔は、酒蔵の多くは、酒造り以外にも、地域の色んな活動をしていたんですよね。四代目の父親は、酒蔵の営業や外回りに専念していましたが。

高校までは地元で育ち、大学は東京理科大学に進学しました。あまり酒蔵の仕事に就くことは意識せずに進学したのですが、卒業が近くなってくるとやっぱりお酒の勉強がしたいと思い始めて、最初は大手アルコール会社に就職しました。そこで研究開発の仕事を任されたのですが、3年程経った時に、このまま仕事を続けていると地元に帰るタイミングを逃してしまうと思い、戻ることにしました。平成2年。25~26歳の頃ですね。


限られたスペースを丁寧に振り分け、酒造りに活かしている蔵の中。槽の上にも、天井から吊るように収納された麹箱があり、大吟醸専用に設けた部屋を守るように神棚が。

戻ってからは、県内の他の蔵が新酒鑑評会で金賞を取るのを横目に見たりして、うちでも吟醸をしっかり造りたいなと思っていました。でも、当時は普通酒がメインで、造りは、私が生まれるずっと前からいた越後杜氏の方に任せていたので、自分の意見があっても伝えるのは難しかったです。酵母も変えてみたいし、機械も入れたい。でもできない。そんな想いを持って過ごしていました。蔵に戻ってから10年ほど経って、越後杜氏が引退して、父から私へ代表も代わり、製造設計も私が担うようになりました。それからは、ちょっとずつ試行錯誤を重ねています。

3年前には、古くからある主要銘柄の『磐梯山』に加え、『乗丹坊』という銘柄を立ち上げました。乗丹坊は全てマイナス3度の冷凍庫で保存し、そのまま生で出したり、一回火入れをして生貯蔵酒で出したり、秋あがりで出したり、時期に合わせて出荷をしています。『磐梯山』は主に地元を中心に出していますが、『乗丹坊』は、首都圏を中心とした消費者や小売店の皆さんと一緒に育てて行きたいです。


分析室には、桑原さんが蔵人と話をするための椅子が向かい合わせに置かれていました。さながら診察室のよう。

磐梯酒造の酒造りで大切にしていることは『和醸良酒』です。これには2つの意味があって、一つは、「和をもって良い酒を醸す」。蔵人同士で協力して良いお酒を造ろうという意味。造りは私を入れて9名でやっていますが、働きやすい環境づくりをするため、毎日、全員と話をするようにしています。造りの時期は、午後は分析室で分析をしているんですけど、そこにみんな話をしにくるんです。「社長あの件についてなんですけど」みたいな感じで。だから分析室には自分の椅子と、話をしたい人が座るもう一つの椅子があります。自分一人でなく、みんなでお酒を造っているので、良いコミュニケーションを保ちながらやっていきたいと思っています。

そして、和醸良酒のもう一つの意味は、「良い酒は和を醸す」ということ。飲まれた方々が穏やかで和やかな気持ちになってもらえるようなお酒を目指しています。飲んだ人に磐梯の田園風景が思い浮かぶような、米の味が感じられるような、そういうお酒を造りたいですね。「うちの酒は磐梯山の味がする」って、私は言っています(笑)。

『磐梯山』の名前を銘柄に使わせてもらう以上は、磐梯町、そして会津に貢献したい気持ちは強いです。会津の人が、会津の水で、会津の米で、お酒を造る。そこにこだわっています。

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磐梯酒造
福島県耶麻郡耶麻郡磐梯町磐梯金上壇2568
TEL.0242-73-2002
http://www.bandaishuzou.com/

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