美味い酒造りの方程式を極めた5代目と 蔵の名を日本中に広めたい若き6代目。豊国酒造《福島県河沼郡会津坂下町》

会津若松の西側に隣接した会津坂下町は、人口1.5万人程度の小さな町ながら、同じ通りに『廣木酒造』に『曙酒造』、そして『豊国酒造』という、全国的にもトップレベルの酒蔵が集まり、それぞれが個性を放っています。

蔵元杜氏として9年連続の全国新酒鑑評会金賞受賞を含め多くの賞を獲得されている5代目の高久禎也さん、つい1ヶ月ほど前に蔵に戻ってこられたという6代目の高久功嗣さんのお二人に、豊国酒造のこれまでとこれからを尋ねてきました。

*左 6代目蔵元/代表社員 高久禎也さん         *右 専務 高久功嗣さん

高久禎也さん「文久二年(18 62年)の創業で私が5代目、隣にいる息子が6代目にあたります。初代の高久學十郎は酒屋ではなく、2代目から少しずつ酒を創り始め、本格的に造るようになったのは私の父親からのようです。昭和57年、私が28歳の頃に父親が急逝して、蔵を継ぐために戻ってきました。造りは父の代からの杜氏に任せて、私は販売をメインでやっていたのですが、平成8年に杜氏がいなくなり、そこからは私が蔵元杜氏として酒造りも担うようになりました。基本に忠実に、丁寧な仕事を心がけています。洗米は手洗い、搾りはすべて槽搾り。酒質は、やや甘口で軽快・ソフト、ほんのり香りがある、加えて少し苦味もあるのが特徴です。私は徹底的に良いものを真似するタイプなんです。自分で新しいものは創れないけど良いお手本があれば真似はできる。また、データをとって分析することも大事にしています。大学では分析化学を学んでいました。」

高久功嗣さん「大学受験の時に、数学は父親から教わりました。父は、数字や方程式を扱うのが得意なんです。」

禎也さん「現在も指導をしてくださっている福島県清酒アカデミーの鈴木賢二先生は、鑑評会で金賞をとるための方程式を具体的に教えてくれました。方程式は得意なので、鈴木先生が来てからは、全国新酒鑑評会でも9年連続の金賞受賞など、高い確率で賞を取れるようになりました。ただ、良い酒を造っていれば黙っていても酒が売れていた頃は良かったのですが、10年前くらいからは、それだけでは売れない時代になりました。さらに震災が起きて、このままではまずいという状況になりました。そこで、5年ほど前から様々な挑戦を始めました。1つは、従来の『豊国』(とよくに)と読み方は同じ、三文字の『豊久仁』(とよくに)という新銘柄の開発。こちらは、主に東京の市場向けに生酒中心で出しています。それ以外にも、低アルコール日本酒  や、白麹 を使った日本酒、二次発酵のスパークリング日本酒 、梅酒やリキュールなども造り始めました。私の得意な、データをとりながら真似をするスタイルで、優れた酒蔵のやり方を聞いたりしながら、自分たちらしいアレンジを加えて造っています。今年で64歳になりますが、「年の割によく新しいことをどんどんできるね」と言われています(笑)。」

功嗣さん「30歳の節目を迎えて、今年の10月に戻ってきました。戻る前は、製薬会社の営業職として社会勉強をしつつ、外から蔵を見ていました。うちの蔵の良いところはなんといっても酒質だと思います。その分、私が造りはじめてから酒質が落ちたと言われたらまずいので、今から緊張しています(笑)。一方で、売り方についてはまだまだ改善の余地があります。良いものを造っても消費者に知られないと意味がない。父は、良い造り方を真似するのが得意ですが、私は、良い売り方を他からどんどん取り入れていきたいです。やがては、この蔵を誰もが知っている会社にしたい、この酒を誰もが知っている銘柄にしたいというのが私の夢です。」

禎也さん「私の代では蔵として一気に変わることはないと思いますが、息子には期待しています。造りはまだ任せられないので、まずはしっかりと覚えてもらいますが(笑)。」

豊国酒造
福島県河沼郡会津坂下町市中一番甲3554
TEL.0242-83-2521

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