奥様杜氏、蔵に立つ! -笹の川酒造 《福島県郡山市》

社長夫人から杜氏へ転身の理由とは?

 日本酒の造りにおいて、欠かせない役割が杜氏です。原料の扱いから、しぼり、貯蔵、熟成まで、全ての工程に目を配り、蔵内の管理の一切を取り仕切る彼らは、いわば酒蔵の大黒柱。杜氏が変わるということは、それまでの酒造りが一変してしまうほどの意味を持ちます。

 今年、そんな一大改革に臨んだ酒蔵がありました。郡山市で江戸時代より酒造りを営む笹の川酒造です。日本酒をメインにしながらも、焼酎、ウィスキー、リキュールとさまざまな酒類の製造を行い、地元を中心に愛されてきました。今季の造りより杜氏に10代目蔵元・山口哲蔵社長の奥様で常務の敏子さんが就任。新たな“笹の川”の歩みが始まったのです。

「これまでと流れの違うものができるのでは、という期待はありましたね。うちは比較的手軽に飲めるお酒を売りにしてきましたが、近年は特定名称酒の分野を強化したいと思っておりました。ほかから杜氏さんを迎える案もありましたが、妻が酒造技能士の免許を取っていたこともあり、せっかくだからやってみたら、と」

 図らずも山口社長の思いに応えることになった敏子さん。しかし、結婚当初はお酒造りのことは何も知らなかったそう。

「私は最初、お酒ってお料理みたいに味付けができると思っていたんです。以前、こんなお酒を造ってほしいと、杜氏に直談判したことがありました。そうしたら“できません”と即答されて。なんて意地悪なんだ! と憤る私に“お酒の勉強をしてみたら? ”と主人がすすめてくれたんです。そうしたら目から鱗が落ちることばかり。こんなにも複雑な変化でお酒ができているとは思いもよらず、杜氏さんにひどいことを言ったなと反省しました」

自由な感性に託した酒蔵の未来

 そんな敏子さんが初めて酒造りに挑んだのは2008年。商品のコンセプトや酒質の設計、ラベルデザインまですべてに携わり、オリジナルの日本酒『桃華』を誕生させます。「結婚して10年目といえばスイートテンダイヤモンドのはずなのに、いきなり720キロの米粒を渡されたんですよ!」と、敏子さんは笑いますが、思えばそのときに未来は決まっていたのかもしれません。泊まりこみの作業も必死にこなす奥様を見守るなか、社長にある思いが芽生えます。

「大変だなと思っていましたよ。自分にはできないなって。でも彼女のように生粋の職人じゃない方が見える世界もあるし、その可能性に賭けてみたいと思ったんです」

 先代の杜氏が蔵を去ることになり、社長は敏子さんに白羽の矢を立てました。突然の申し出に戸惑っていたところ、後押ししてくれたのは蔵人たちだったと言います。

「“常務、やったらいいばい?(やってみたら?)”って言ってくれたことで心が決まりました。でも実際やってみたらとんでもなくて、最初は泣いてばかり(笑)。今はとにかく勉強のための造り、と覚悟して取り組んでいます」

 記念すべき仕込み第1号となる『春酒』は、まるでご本人さながらの朗らかで天真爛漫な味わい。新生“笹の川”の第一歩にふさわしい出来栄えです。福島にまたひとつ、これからが楽しみな酒蔵が増えました。

笹の川酒造株式会社
福島県郡山市笹川1丁目178
TEL:024-945-0261
http://www.sasanokawa.co.jp/
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