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何より白河の人に愛される酒を。大谷忠吉本店《福島県白河市》

コラム, 今月の酒蔵, 月刊fukunomo | | 2020年11月17日

大谷忠吉本店は、およそ140年前に創業しました。

創始者の名前をそのまま社名とし、現在五代目として蔵元を務めるのは大谷浩男さんです。

先代が急逝したため、大谷さんは25歳にして蔵を継ぐことに。
さらに古株の杜氏も倒れてしまい、右も左もわからないまま、経営も酒造りもすべて一手に担うこととなりました。

「とにかくやるしかなかった。必死でした」

その言葉とは裏腹に、穏やかな笑顔で当時のことを振り返る大谷さん。
酒と蔵、そして地元・白河への想いとは――。

「落第生だね」という一言がうれしかった

蔵に戻った大谷さんは、一から酒造りを学ぶために福島県清酒アカデミーへ通い始めます。しかし、学校で学ぶ理論と、蔵でこれまで行われてきた手法にはギャップがありました。酒造りに正解はありません。蔵人との間で意見の対立が起こるたび、大谷さんは「和醸良酒」という言葉を支えにしていたといいます。

「言葉の通り、“和”が――皆で力を合わせることこそが良い酒を生む、という意味です。時間はかかっても、少しずつ歩み寄って、一丸となって酒造りを行おうと決めていました」

コツコツと、丁寧に。その姿勢のおかげか、蔵に戻ってすぐに県の鑑評会で金賞を受賞。しかし、5年連続金賞を受賞したところで、出品を止めてしまいました。

「全部の蔵が賞を目指す必要はないでしょう。“賞のための酒”を造りたいわけじゃない。うちの蔵は、白河の人たちが求める酒を造りたいだけなんです」

だから、「最近は優等生の酒が多いけれど、ここの酒は“落第生”だね」――そんなふうに評価してくれたお客様の言葉を、その時のうれしさを、大谷さんは忘れることができません。

 “落第生”は、しっかり個性を持っていて、友だちとして馴染みやすい、寄り添いやすい存在。それは大谷忠吉本店の酒の在り方でもあり、それがお客様に伝わっていたことが本当にうれしかったのです。

酒に魅せられた兄弟が生んだ新銘柄

10年ほど前から、大谷忠吉本店の酒造りは大木英伸・裕史兄弟が取り仕切るようになりました。もとは冬の間だけのアルバイトだったのですが、2人ともすっかり酒造りに魅了されてしまい、蔵人として雇うことになったのです。

▲右から、兄の大木英伸さん、弟の裕史さん。

「やるからには全部自分たちでやってみなさい」と、大谷さんは2人に小さなタンクを預けました。素人同然の彼らに一から酒造りをするよう促し、味もパッケージも販売もすべて一任。もちろんすぐに売り物になる酒は出来ませんでしたが、2人が3年がかりで造った「登龍」は、今や大谷忠吉本店の代表銘柄です。

今回お送りした「登龍 華」は、「登龍」よりも精米歩合が高いため、米の甘さを感じることのできる一本です。その名の通り華やかさが特徴で、開封するとまず香りに驚くはず。おつまみと合わせる前に、まずはゆっくりお酒だけで味わってみてください。

140年続いてきた蔵と酒を、140年後へ

「登龍」が評判になると、「もう『白陽』はやめてもいいんじゃない?」と言われることがあるそうです。しかし、大谷さんはこれをきっぱり否定します。

「私が自分で造った酒だったらそうできるかもしれませんが…『白陽』は140年前からある酒なんです。私の代で絶やすわけにはいきません」

長く白河で愛されてきた『白陽』には、「白河の太陽のような存在を目指す」という意気込みと、「白河を褒め称える」という地元愛が込められています。

「『白陽』もこの蔵も、140年続いてきました。少なくともあと140年は残すこと。それが私の役目だと思っています」と大谷さん。

「目立たない酒がある 素朴な酒がある そんな酒に 吟醸酒 白陽がある」
――大谷忠吉本店に伝わるこの言葉が、目立たなくともいつも誠実に真摯に…という大谷さんの姿勢に重なって見えました。

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大谷忠吉本店
福島県白河市本町54
TEL.0248-23-2030
https://www.hakuyou.co.jp/

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